国語の成績が悪いのは、(3)他人の心情が分からない子供は多い

算数はできるのに国語の成績が芳しくない。

 

こういう場合、何が悪いのか、偏差値によってある程度、推測することができる。

 

偏差値45位を中心にウロウロする場合、基本的に語彙力・言葉の知識が足りない。

 

偏差値40〜47くらいをウロウロする場合、漢字テストのようなモノはできても、問題文中の抽象語のイメージがよく分からないことが多い。

 

そして偏差値50位を中心にウロウロする場合、得意な文章と苦手な文章があって、出題される問題によって偏差値が大きく変動する。

 

中学入試で出題される問題文は、説明文や論説文と、物語文や詩歌・俳句という2つのタイプの文章に分かれるが、どちらかがそこそこできて、どちらかはさっぱりダメって事だ。

 

説明文や論説文は、論理的な考え方を問う問題。
物語文や詩歌・俳句は、登場人物の心情を問う問題。

 

この二つのタイプの出題を、ハッキリ区別していないと
両方とも解くって事は難しい。

 

また、語彙力がかなりある子供の場合は、適当に選択肢を選んで当たったりはずれたりという場合もあって、この場合は両方の文章とも苦手と言うことになる。

 

 

説明文・論説文を伸ばす
算数がものすごくできるのに、国語が悪いという子供の場合、基本的に説明文も物語文もきちんと読めていないことが多い。

 

しかし算数ができて、言葉もわかると言うことは、書いてあること自体は理解出来るって事だ。

 

こういう子供の場合、物語文の登場人物の心情を読みとるのは、なかなか難しいから、まず説明文で点数を取ることに力を入れる。

 

特にアスペルガー症候群の傾向がある子供の場合、算数はものすごくできるが、他人の心情がわからない。

 

分からないと言うか、分かっても反応出来ない。

 

心情というのは抽象的なものであるし、「葛藤」や「ジレンマ」などといった
複雑な心情は文字通り複雑なので、それを言葉化するというのは相当難しい。

 

もちろん物語文にも、パターンというのがあるから、それが分かればドンドン解けるようになるのだが。

 

一方、説明文や論説文というのは、構造がハッキリしている。

 

物語文の場合は、問題文中に書かれていない心情を
読みとらなければならないが、説明文や論説文の場合、問題文中に答えは書いてある。

 

イイタイコトと、読者を納得させるための具体例、対比や比喩というテクニックで、読者にイイタイコトを伝えようという文章だから、物語文よりははるかに答えやすい。

 

また心情ではなく、心に関係ないことであるから、抽象的な言葉に関する語彙力があれば、かなりの確率で正答にたどり着ける。

 

変な話、テクニックが通用する文章だから、ここから確実に点数を積み上げていく作戦が有効だろう。

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