国語の文法、どこまで必要か?その1
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最近、国語を教える機会が増えた。
個別指導だから、何でも教えるんだけれど、国語ほど教え方がハッキリしていないモノはない。
もちろん、表面上は、やることは決まっている。
漢字・ことばの読み書きをやらせて、読解問題をやらせて、やり直しさせる。
基本的にはこれだけである。
しかし出来ない生徒を、どうやって出来るようにするか、これは非常に難しい問題だ。
なぜかというと、国語というのは、生活や文化にあまりにも深く根ざしているものだから、塾での勉強だけではどうしようもないからだ。
これが他の教科だったら簡単だ。
社会だったら、結局、説明して、整理して、覚えて、試すという手順になるだけだし、数学・算数や理科も大差ない。
出てくる現象は限られているし、国語ほど範囲が広くない。
もちろん、数学や算数の場合は、いろいろとやり方があって、教え方も最低限のモノだけ教えてそれを応用させるか、それとも応用問題もパターン化して覚えさせるかという選択がある。
しかしそれは、子どもを見ながら判断すればいいことだから、とくに迷いはない。
基礎学力が足りない子どもには、枝葉を思い切って切り落とし、最低限の知識をくり返し覚えさせると言うやり方しかないし、出来る子どもの場合は、基礎的な問題は一行問題やシャッフル問題でくり返しつつ、応用をやらせるというだけである。
だが、国語の場合、出来ない子どもがなぜできないのか、それを特定するのがかなり難しい。
漢字の読み書きが出来ない原因は、1つは練習量、もう一つは意味を確認していないというだけだから、時間があれば解決出来る。
ところが、4択問題で3回間違える子どもの場合は、原因がどこにあるのかよくわからない。
選択問題だから、もちろん1回目であわないと意味がないんだけれど、しかし3回間違える。
「まず、絶対違うのを2つ消してごらん」
と言うと、驚くことに、真っ先に正しい選択肢を消してしまう。
真っ先に消すもんだから、4択問題で3回間違えるという現象が起こっているわけだ。
しかしこれってある意味、その選択肢が光って見えているわけだから、脈がないわけではない。
四択問題の場合、正しい答えは、本文中で使われている言葉を別の言葉に言い換えて紛らわしくしていることが多いから、おそらくそれに反応しているだけだ。
四つ選択肢があって、3つは本文中の言葉を使い、1つだけ本文にない言葉を使っていたら、子どもにとっては違和感があるってことだろう。
これは、そういう風に問題が出来ていると意識させれば、解決出来ることかもしれない。
ただ問題は、3回目に合う場合だ。